フィリピの信徒への手紙1章27節
「福音にふさわしい人」
「ひたすらキリストの福音にふさわしい生活を送りなさい。」(フィリピの信徒への手紙1章27節)
信仰を求めている時、「自分はクリスチャンらしい生活ができない」と言って、洗礼を諦めようとする人がいます。また、信仰者になってからも、「自分はクリスチャンらしくなれない」と言って、自分自身の信仰を疑う人もいます。そのように考えるのは、ある理想的なクリスチャン像とか理想的なクリスチャン生活のイメージがあって、「それにある程度達しているのがクリスチャンである。しかし、自分はまだ全然ダメだ」と思っているからではないでしょうか。
しかし、イエス・キリストは遊女とも食事を共にしてくださいました。詐欺を働いているような罪深い者の家にも泊まられました。ご自分から歩み寄って来てくださり、分かっていても悪い生活から足を洗えない人や罪深い性質をなかなか変えられない弱い人の友となってくださり、まず罪から救い出してまっすぐ歩けるようにしてくださいました。それが、イエス・キリストというお方であられました。
このキリストの福音にふさわしい人、ふさわしい生活とは、立派な信仰者のことでも理想的な生活のことでもありません。ただ、自分の罪と弱さを正直に認め、キリストの救いに感謝して生きていくこと。これこそ、イエス・キリストが私たちに望んでおられる福音にふさわしいことなのです。
<祈り>
神様。私たちは理想にはほど遠い罪人です。しかし、御子キリストはそのような私たちをも受入れ、罪から救ってくださるお方です。ただこのキリストを信じ、このキリストに従っていく信仰を、私たちにお授けください。