フィリピの信徒への手紙1章2節
「愛の知らせ」
「わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。」(フィリピの信徒への手紙1章2節)
キリスト教はよく「愛の宗教」と呼ばれますが、どういう意味で「愛の宗教」なのでしょうか。
今お読みしたのは、使徒パウロがフィリピ教会に宛てた手紙の最初にある言葉です。「主イエス・キリストからの恵みの平和が、あなたがたにあるように」とは、「あったらよいですね」という人間的な願いの表面ではありません。むしろ、「恵みと平和が必ずある」、「必ずあるから、あるように」という断定、宣言です。そして、実はここにキリスト教という「愛の宗教」の特徴がよく表れています。
つまり、「キリストに愛を教えられキリストに倣って愛に励みなさい。そうすれば、恵みや平和が与えられるでしょう。そうなりますように」という愛の励ましではありません。
「実に愛の足りない私たちにも、キリストは愛を注いでくださいます。だから、キリストの恵みと平和のうちに新しいスタートを切ることができます」という愛の知らせ、これがキリスト教です。信じるに値する愛の知らせではないでしょうか。
<祈り>
神様。私たちは愛を行いたくても、なかなか本当に愛することができません。どうか、私たちにあなたの御子キリストの愛を注いでください。そして、キリストの愛の内に新しい歩みができますよう、導いてください。